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Q 使い込まれた遺産は、遺産分割の話し合いの中で取り戻せますか?

2026.10.04
Q 使い込まれた遺産は、遺産分割の話し合いの中で取り戻せますか?
A:相手が使い込みを認め、相続人全員が合意すれば、遺産分割の中で清算して取り戻せます。

亡くなった後の引き出しであれば、引き出した本人を除く相続人全員の同意で足ります。合意ができなければ、使い込み分は遺産分割の対象から外れ、地方裁判所などに民事訴訟を起こして取り戻すことになります。

川崎・武蔵小杉エリアでも、「遺産分割の話し合いの中で、兄が使い込んだ分もまとめて清算してほしい」というご相談をよくいただきます。遺産分割協議や家庭裁判所の調停で一度に片づけば、時間も費用も抑えられます。

ただし、使い込まれたお金は、原則として遺産分割の対象になりません。手続の選び方を誤ると、遺産分割調停を何回重ねても決着がつかず、結局は訴訟を起こし直すことになります。その間にも、使い込み分の返還請求の時効は原則として進みます。

【解説】

1 使い込まれたお金は、原則として遺産分割の対象にならない

遺産分割の対象になるのは、亡くなった方(被相続人)が亡くなった時に持っていて、分割する時点でも残っている財産です。預貯金も、口座に残高が残っていれば遺産分割の対象になります(最高裁平成28年12月19日大法廷決定)。

一方、すでに引き出されて使われたお金は、口座にはもう残っていません。その代わりに生じるのが、引き出した相続人に返還を求める権利です。法律上は、不当利得返還請求権(民法703条・704条)または不法行為に基づく損害賠償請求権(民法709条)と呼ばれます。

被相続人の生前に使い込まれた場合、この権利はまず被相続人本人に生じます。金銭の支払を求める権利は、相続開始と同時に法定相続分に応じて各相続人に当然に分かれると扱われるため(最高裁昭和29年4月8日判決)、家庭裁判所の実務でも、原則として遺産分割の対象外とされています。

2 生前の使い込みは、相続人全員が合意すれば遺産分割の中で清算できる

例外として、相続人全員が「使い込まれた金額も遺産分割の中で扱う」ことに合意すれば、遺産分割協議や調停の中で清算できます。大阪家庭裁判所が公表している手続案内でも、生前に払い戻された預貯金や、不当利得・不法行為に基づく債権は、相続人全員が合意すれば調停・審判で扱えると整理されています。

清算の方法としては、次のようなものがあります。

  • 使い込まれた金額を遺産の総額に含めて各自の取り分を計算し、使い込んだ相続人の取得分からその金額を差し引く
  • 使い込んだ相続人が不動産などを取得する場合に、他の相続人へ支払う代償金の額で調整する

注意したいのは、ここでいう合意が必要な「全員」には、使い込んだ本人も含まれることです。本人が「引き出していない」「親に頼まれて渡しただけだ」と否定し続ける限り、遺産分割の中での清算はできません。

3 相続開始後の使い込みは、本人の同意がなくても遺産として扱える

被相続人が亡くなった後、遺産分割の前に相続人の一人が預金を引き出した場合には、民法906条の2を使えます。2019年(令和元年)7月1日以降に被相続人が亡くなった相続が対象です。

使い込んだ相続人以外の相続人全員が同意すれば、引き出された預金を「遺産分割の時に遺産として存在するもの」とみなして分割できます(同条1項)。使い込んだ本人の同意は必要ありません(同条2項)。使い込んだ相続人の取得分から引き出し額を差し引く形で清算できるため、別に訴訟を起こさずに済みます。

ただし、この方法を使えるのは、誰が引き出したかがはっきりしている場合です。相手が「引き出したのは自分ではない」と争うときは、その点を先に確定させる必要があり、遺産分割の手続だけでは解決できないことがあります。

4 合意ができなければ、遺産分割とは別に民事訴訟で取り戻す

使い込みの有無や金額で合意ができない場合、遺産分割調停で話し合いを続けても決着はつきません。調停は話し合いの手続であり、調停委員会が使い込みの有無を判定するわけではないからです。調停が不成立となって審判に移っても、合意のない使い込み分は審判で判断されません(3の民法906条の2を使える場合を除きます)。

そのため実務では、使い込みを調停で扱えるかを確認し、合意の見込みがなければ、使い込みの問題を調停から切り離して残りの遺産の分け方を進めます。使い込み分は、別に民事訴訟(不当利得返還請求訴訟または損害賠償請求訴訟)を起こして請求します。

訴訟を起こす裁判所と請求できる金額

訴訟は家庭裁判所ではなく、請求額が140万円を超える場合は地方裁判所、140万円以下の場合は簡易裁判所に起こします(裁判所法33条1項1号)。請求できるのは、原則として使い込まれた金額のうち自分の法定相続分に相当する額です。たとえば相続人が兄弟2人で、兄が1,000万円を使い込んでいた場合、弟が請求できるのは原則として500万円です。

訴訟で争点になりやすい点
  • 誰が引き出したのか(払戻請求書の筆跡、ATMの場所、引き出しの時期など)
  • 被相続人の意思に基づく引き出しだったか(当時の判断能力や身体の状態)
  • 何に使われたのか(被相続人の生活費・医療費・介護費に充てたという反論)
  • 被相続人から贈与を受けたという反論

どの資料をどう集めればよいかは、「親と同居していた兄弟の遺産の使い込みを指摘したい方へ」で詳しく解説しています。

遺産分割調停で話し合っている間も、時効は進む

使い込みの返還請求には期間制限があります。不当利得返還請求は、権利を行使できることを知った時から5年、または使い込みの時から10年です(民法166条1項)。不法行為に基づく損害賠償請求は、損害と相手を知った時から3年、または使い込みの時から20年です(民法724条)。いずれも、早く到来する方の期間が過ぎた時点で時効が完成します。なお、2020年(令和2年)3月31日以前の使い込みによる不当利得返還請求には改正前の民法が適用され、使い込みの時から10年で時効が完成します。

見落とされやすいのは、遺産分割調停を申し立てても、使い込み分の返還請求権の時効は原則として止まらない点です。調停で使い込みを主張しながら話し合いを続けているうちに、訴訟で請求できる期間を過ぎてしまうおそれがあります。これに対し、使い込み分の返還そのものを求める調停(民事調停や家事調停)を申し立てた場合は、調停が続く間、時効の完成が猶予されます(民法147条1項3号)。調停が不成立で終わっても、終了から6か月以内に訴訟を起こせば、時効の完成は引き続き猶予されます。相手が使い込みを否定しているときは、遺産分割調停の進み具合を待たずに、内容証明郵便による催告、返還請求の調停の申立て、訴訟の提起のいずれかで時効の完成を止める必要があります。催告による猶予は6か月限りで、催告を繰り返しても延びないため、その間に訴訟を起こす必要があります。時効の起算点や止め方は、「Q 兄弟が親の預金を勝手に使い込んでいました。返還請求(不当利得返還請求)に時効はありますか?」で詳しく解説しています。

判決を得た後の回収

判決で支払が命じられても、相手が自分から払わなければ、強制執行(差押え)が必要です。2020年(令和2年)4月1日に施行された改正民事執行法により、判決を得た後は、一定の要件のもとで裁判所を通じて金融機関から相手の預貯金の情報を取得できるようになりました(第三者からの情報取得手続)。当事務所でも、判決後に相手の預金口座を調べて差し押さえ、全額を回収した事例があります(参照記事:父の生前に、兄が父の預金口座から引き出していた使途不明金の事案)。

5 遺産分割の中で清算するか、訴訟で取り戻すかの判断基準

使い込みの解決ルート早見表

引き出された時期

相手の態度

主な手続

解決のポイント

生前

引き出しを認め、遺産分割で清算することに同意している

遺産分割協議・調停

使い込んだ本人を含む相続人全員の合意で、使い込み分を遺産に含めて清算する

生前

引き出しを否定している、または贈与・生活費だと反論している

民事訴訟(地方裁判所・簡易裁判所)

使い込みの問題を調停から切り離し、不当利得返還請求などで証拠に基づき請求する

相続開始後

誰が引き出したかがはっきりしている

遺産分割協議・調停(民法906条の2)

使い込んだ本人以外の相続人全員の同意で、引き出した預金を遺産とみなして清算する

相続開始後

誰が引き出したかに争いがある

民事訴訟を先行、または並行

誰がいくら引き出したかを訴訟で確定させる必要がある

 

遺産分割の中での清算が向いているケース
  • 相手が引き出しを認め、金額にもおおむね争いがない
  • 相続開始後の引き出しで、誰が引き出したかがはっきりしている(民法906条の2を使える)
  • 不動産など他に分ける遺産があり、使い込んだ相続人の取得分から差し引いて調整できる
民事訴訟が向いているケース
  • 相手が引き出し自体を否定している、または「親に頼まれた」「贈与だった」と反論している
  • 他に分ける遺産がほとんどなく、遺産分割の中で差し引く余地がない
  • 遺産分割協議がすでに成立している
  • 返還請求の時効が迫っている

遺産分割の中で清算する利点は、回収の確実さにあります。使い込んだ相続人の取得分から差し引くので、相手に支払能力がなくても、回収できなくなるおそれが小さくなります。訴訟の利点は、相手の合意がなくても、裁判所が証拠に基づいて判断してくれる点です。

実際には、残りの遺産は調停で分け、使い込み分は訴訟で争うというように、二つの手続を並行して進めることもあります。どちらを先に進めるか、調停の中で使い込みをどこまで主張するかは、相手の態度と手元の証拠を見て決めます。

6 よくある誤解

誤解①:遺産分割調停を申し立てれば、家庭裁判所が使い込みを調べて判断してくれる

→ 誤りです。調停は話し合いの手続で、使い込みの有無を家庭裁判所が積極的に調べてくれることは、通常期待できません。取引履歴などの資料は、当事者が自分で集めて提出します。使い込みについて合意ができなければ、審判でも扱われず、民事訴訟が必要になります。

誤解②:遺産分割を先にまとめて、使い込みは後でゆっくり請求すればよい

→ 注意が必要です。遺産分割協議書や調停調書に「本件に関し、他に何らの債権債務がないことを確認する」といった清算条項を入れると、後から使い込み分を請求できなくなるおそれがあります。遺産分割を先にまとめる場合は、使い込みの問題を対象から除く旨を書面に明記しておく必要があります。また、遺産分割の進み具合とは関係なく、返還請求の時効は進行します。

誤解③:相続開始後に他の相続人が引き出した預金は、すべて使い込みとして返還を求められる

→ 一部誤りです。民法909条の2の払戻し制度を使って引き出した分(相続開始時の預金額の3分の1に法定相続分を掛けた額。1つの金融機関につき150万円が上限)は、その相続人が遺産の一部分割により取得したものとみなされ、遺産分割の中で清算されます。また、葬儀費用や遺産の管理費用に充てた分は、それらの費用の精算として扱われることがあります。引き出した目的と使い道を確認してから、どの手続で扱うかを決めます。

7 弁護士に相談すべきケース

  • 遺産分割調停で使い込みを主張したが、相手が否定して話し合いが進まない
  • 使い込みを遺産分割の中で扱うか、訴訟で取り戻すかの判断がつかない
  • 遺産分割協議書への署名を求められているが、使い込みの扱いが書かれていない
  • 親が亡くなった後に、他の相続人が預金を引き出していたことが分かった
  • 使い込んだ相続人のほかに分ける遺産がほとんどない
  • 相手が遠方に住んでいる、または支払能力に不安がある

8 まとめ

  • 使い込まれたお金は、原則として遺産分割の対象にならない
  • 生前の使い込みは、使い込んだ本人を含む相続人全員の合意があれば、遺産分割の中で清算できる
  • 相続開始後の使い込みは、誰が引き出したかがはっきりしていれば、本人以外の相続人全員の同意で遺産として扱える(民法906条の2)
  • 合意ができなければ、使い込み分は遺産分割から切り離し、地方裁判所(140万円以下は簡易裁判所)への民事訴訟で取り戻す
  • 遺産分割調停を申し立てても、返還請求権の時効(不当利得は5年・10年、不法行為は3年・20年)は原則として止まらない
  • 遺産分割を先にまとめるときは、清算条項によって使い込み分を請求できなくならないよう、書面の文言に注意する

ご相談のご案内

使い込みの問題は、遺産分割の中で清算するか、訴訟で取り戻すかの選択によって、解決までの期間と回収できる金額が変わります。相手の認否、証拠の状況、他に分ける遺産の有無を見たうえで、手続を選ぶ必要があります。

当事務所は、2009年に武蔵小杉で開設した、相続問題を中心に扱う法律事務所です。代表弁護士は2002年に弁護士登録し、2025年度には神奈川県弁護士会副会長を務めました。相続の相談は800件以上お受けしています。

家庭裁判所で家事調停官(非常勤裁判官)として調停を担当した経験のある弁護士も在籍しています。横浜家庭裁判所川崎支部・横浜地方裁判所川崎支部をはじめとする地元の裁判所で、遺産分割調停から、合意できない場合の民事訴訟、判決後の預金の差押えまで一貫して対応します。「ほかの相続人から使い込みを指摘された」という逆の立場のご相談もお受けしています。

また、代表弁護士は税理士登録もしています。使い込まれた金額の返還請求権は、相続税の申告で相続財産に含めて計算する必要が生じることがあります。争いが続いていても、相続税の申告期限(相続開始を知った日の翌日から10か月以内)は延びず、申告漏れがあれば加算税の対象にもなり得ます。返還請求と相続税の申告を同じ事務所で並行して管理できる点が、当事務所の強みです。

「相手が使い込みを認めず調停が進まない」「親の通帳を見せてもらえない」という段階でも、金融機関への取引履歴の開示請求から対応します。初回相談は60分無料です。武蔵小杉・川崎エリアで相続財産の使い込みにお悩みの方は、一度ご相談ください。

この記事を担当した専門家
神奈川県弁護士会所属(登録番号29971)
東京地方税理士会所属(登録番号159302)
代表弁護士・税理士 長谷山 尚城
保有資格弁護士 税理士 FP2級 AFP
宅地建物取引士試験合格(平成25年)
専門分野相続・不動産
経歴1998年 東京大学法学部卒業
2000年 司法試験合格
2002年 司法修習終了(第55期) 東京あおば法律事務所に所属(東京弁護士会)
2004年 山鹿ひまわり基金法律事務所を開設(弁護士過疎対策・熊本県弁護士会)
2009年 武蔵小杉あおば法律事務所 開設
2014-15年 弁護士会川崎支部副支部長
2019-20年 川崎中ロータリークラブ幹事
2020-23年 法テラス川崎副支部長
2024-25年 法テラス神奈川副所長
2025年度 神奈川県弁護士会副会長
2026年  税理士登録
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